【四條畷】大正寺(だいしょうじ)、境内の桜の木。枝からも本体の身近なところからもにょきにょき♪花が咲いております。
大正寺(だいしょうじ)は四條畷市岡山2丁目7−33に所在しております。
本堂横の坂道から上がってきたようで、裏から入場したようです。
桜が綺麗に、咲いております。
おぉ~!本体付近から小さな枝が出てそこから花をまとっております。
当山は松風山岡山院と号し、一名讃良(ささら)寺。もとは大聖寺と記したといい、隣寺の見性寺(現在は廃寺)との間で、讃良寺継承問題をめぐって紛争が起こり、当寺の主張が大いに正しいとされたことから大正(だいしょう)寺になったという。
1619年(元和5年)に書かれた『大正寺縁起』によれば、1174年(承安4年)頃、津桙(つほこ)神社(現忍陵神社)付近に1人の尼長者がおり、氏神の津桙神を奉っていたが、法然の弟子の西仙房が当地に行脚し、尼長者に易行念仏の法を説いた。西仙房は近くの森に草庵を寄進され修行、この庵を讃良寺と呼んだ。
時代を経て1605年(慶長10年)、京都清浄華院の良光が堺への途次、西仙房の古跡を尋ね衰退した寺を再興、仏堂を建立し安阿弥作の阿弥陀如来を安置した。これが現在の大正寺という。
1615年(慶長20年)大坂夏の陣の戦火を避け、一時大和生駒に移ったが、翌年再びこの地に戻って来たという。※大阪再発見!より。
◎大正寺本堂。
本堂は(平成6年)に新しく建て替えられた。それまでの本堂は200年ほど前の江戸時代に建てられたものらしい。
◎大正寺観音堂。
安置されている木造聖観音は平安時代のものと伝え、今は廃寺となっている見性寺にあったものという。
◎大正寺大師堂
◎大正寺鐘楼。
梵鐘には「宝永八年(1711年)」の年号が刻まれている。
聖観音の大正寺さえわたる鐘の音
聖観音は藤原文化期の一木造、市内重要文化財寺内の梵鐘は造形美、音色の美し、余韻の長さに定評がある。
(亮)