【大東】『三好長慶公武者行列』がヤフーニュースに‼大東市の野望とは…

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3月4日(土)に開催された『三好長慶公武者行列』は、思った以上に大盛況♬皆様のご協力で大いに盛り上ったことは以前もお伝えしました。

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この『三好長慶公武者行列』の様子、そして大東市の野望が毎日放送で紹介されたことがヤフーニュースに掲載されていました。

“戦国最初の天下人”を有名に 大東市の野望
天下人といえば信長、秀吉、家康という名前が出てきます。しかし、彼らの前に別の天下人が大阪にいたことをご存知でしょうか?「忘れられた天下人」で盛り上げを狙う町を取材しました。

 大阪府東部にある大東市。普段、閑散とした駅前商店街は今月4日、その様子が一変しました。埋め尽くす甲冑姿の人々はなんと300人以上。大東市ゆかりの“ある人物”を称え、今年はじめて行われた武者行列ですが…

 「全然知らない。初めて知りました」 「聞いたことはあるんですけど、そんなに詳しく知らない」(地元住民)

 主役の知名度は地元でもいまひとつのよう。その人物とは?

 「大東市には三好長慶という武将がいて、信長より20年前に三好長慶が一時的に天下に号令していた」(大東・三好長慶会 河村共之会長)

 戦国武将の三好長慶。かつて大東市に拠点を置いたとされ、市長も将来は「大河ドラマ」の主人公にしたいと意気込みます。

 「町の魅力作りと三好公の存在の大きさを掛け合わせて、夢は大河に。これを目指していきたい」(大東市 東坂浩一市長)

 長慶は、どんな人物なのか。信長の先を行っていたことを示す貴重な18世紀オランダの資料が、大阪城に残っていました。

 中央に書かれているのは歴代の「日本の統治者」です。「羽柴太閤様」や、「信長」と読める記述があり、さらに遡ると「三好殿」の名前が。信長の前に統治者が「三好長慶」だったとされています。

 三好長慶は、現在の徳島県を支配していた細川氏の家臣として生まれます。勢力を近畿へ拡大した細川氏の座を下剋上によって奪い、「戦国最初の天下人」となったといわれているのです。その長慶が居城を構えたとされるのが、大東市にある飯盛山。市の担当者と、かつての城跡を歩きました。

 「ちょうどこの両脇に大きな石を人工的に積み上げていて、おそらく何らかの門なり、入口に値するものが建ってたんだろう」(大東市教育委員会事務局 黒田淳さん)

 ところどころに石垣が今も残されるなど、当時城があったことがうかがえます。さらに頂上付近からは大阪平野を見渡すことができ、まさに天下人の景色です。大東市はまず飯盛山を国の史跡指定にするべく、大規模な発掘調査を始めるなど、知名度アップに向けて動き出しています。

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※写真・記事ともにヤフーニュースより引用

大東市の中でも知名度が高いとは言えない三好長慶公ですが、これを機に大東市内はもちろんですが、大東市以外の方々にも三好長慶公を少しは知ってもらえたのではないでしょうか?飯盛城跡も国の史跡指定を目指し現在調査が進んでいます。また東坂大東市長のコメントにもある様に「夢は大河」を実現すべく着実に歩みを進めているようです。大東市や三好長慶の知名度が全国的にもアップして、今以上にたくさんの方でにぎわい、活気のある大東市になるのもそう遠くないことに期待します。

今年が第一回目の武者行列でしたが来年も再来年もずっと続き、大東市の伝統に成れば良いですね。

(nami)


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